令和4(2022)年11月30日、岡口基一判事に対する弾劾裁判の第2回期日が行われました。
1 この日行われた手続は、以下の通りです。
・弁論の更新
・従前弁護人から提出していた求釈明に対する訴追委員会側の釈明と、これに対する弁護人の意見表明
・訴追委員会による冒頭陳述
・訴追委員会による証拠請求と、これに対する弁護人の意見、異議なき証拠の採用
・提出証拠の要旨の告知
この日行われた手続の中で特に議論となったのが、①訴追委員会が計13個の訴追事由を全て一体の行為として訴追している旨を表明したこと、②証拠調手続において、全文朗読ではなく要旨の告知に止めたこと、です。
2 行為の一体性について
(1) 岡口判事に対する訴追状における訴追事由は、①殺人事件の判決のリンクを引用する投稿から始まる、同事件及びそのご遺族に関し岡口判事が行った投稿や発言計10件、及び、②飼犬の所有権を巡る裁判に関する投稿計3件の都合13件が記載されており、このうち①の3件及び②の1件の計4件は、裁判官弾劾法第12条が定める訴追期間(3年)を経過した後に訴追されたものであることから、その行為を訴追事由とすることの適法性が問題となっています。
訴追委員会は、他の行為と一体性を有するから、期間は徒過していないという趣旨の説明をしたことから、弁護人より「どの行為とどの行為が一体性を有するという趣旨か」と釈明を求めたところ、なんと訴追委員会は「13個の行為すべてについて一体性を有する」と釈明しました。
(2) 刑事事件において、外形的に複数と評価できる行為について、その一体性から一個の行為と見なし、一個の犯罪を成立させるということは頻繁にあります。暴行や傷害、殺人などの犯罪行為には通常複数回の加害行為がありますが、全体的に一個の行為と見なして一罪を成立させるのがその典型例です。
この場合、判断基準になるのは、「時間的連続性」「場所的近接性」「行為の共通性」です。例えば暴行や傷害、殺人などの場合は、通常時間や場所が近接しますし、ある特定の対象者に対する加害行為という点で共通性を有します。
(3) しかし、岡口さんの場合は、このような解釈はおよそ無理です。
そもそも訴追事由の①と②は全く関係性のない別の案件に関する投稿ですし、13の訴追事由のもっとも古いものともっとも直近のものとは2年近い時間の経過があります。そもそも訴追事由自体が①と②を分けて記載していますし、最高裁判所による懲戒処分も①のうちのある事実と②のうちのある事実にそれぞれ下されており、①と②は別個の行為と評価しています。訴追委員会の設定には明らかに無理があります。
このような設定を行う目的として、訴追委員会は「全体として、裁判官としての威信を著しく失うべき非行に該当するといえるから」「行為の反復性を重要と考えているため」としていますが、前者はそのうちの一部を構成する事実があるとしても訴追期間を徒過する合理的な理由にはなりませんし、後者について事実経過における事情として指摘すれば足りることであり、わざわざ訴追事由として掲げる必要はありません。結局のところ、3年という訴追期間を無意味化するための詭弁と言わざるを得ません。
(4) このような訴追委員会の構成は、極めて問題があります。
ア 第1に、このような発想は、訴追対象者の全体的な人格そのものに対し不利益措置を課することにつながり、「行為を裁く」という近代刑法の基本そのものを侵害する危険があります。人格そのものを処罰する思想は、かつての優生思想による人種差別的な罰則や独裁国家などでなされた「反革命」などとしてなされた粛清につながった歴史があり、近代刑法では否定されている考え方です。今回の訴追委員会の発想は個々の行為の独立性を否定して全体的な態度そのものを問題視しており、その発想は刑法の基本から逸脱するものです。
イ 第1に、今後の裁判官を訴追するかどうかの判断において、何年かにわたる別々の行為であっても、それらは「全体として裁判官としての威厳を著しく失うべき非行」であるとされる可能性があり、訴追期間の規定が無意味になる可能性があります。極論すれば裁判官は何年前の行為であっても後日訴追事由とされる危険があることになり、大きな萎縮効果が生ずる可能性があります。
(5) 私たちとしては、今後もこの問題を指摘し、遅くとも判決の段階において一個の行為と認定すべきでないことを訴えていきます。
3 証拠の全文朗読について
(1) 刑事訴訟においては、証拠調は全文朗読が原則とされています。まして弾劾裁判は、裁判官の適任性を国民監視の下で審理する訳ですから、提出された証拠についても公開法廷でその内容が明らかにされる必要があります。刑事事件のうち被告人側が争わない場合は要旨の告知で代用する場合も多いですが、これは弁護人が同意していることが前提です。裁判員裁判の場合は全文朗読される場合がほとんどであり、むしろ全文朗読とすることを前提に証拠そのものを朗読する内容に合わせて報告書形式にまとめることもあります。
(2) 今回、事前協議において、弁護人は訴追委員会に対しこの報告書形式による全文朗読の維持を求めましたが拒否されました。にもかかわらず、要旨の告知にこだわる訴追委員会の姿勢は疑問と言わざるを得ません。この点については全文朗読を求め裁判員の合議がなされましたが、弾劾裁判所も残念なことに要旨の告知の方法により証拠調べを行うこととしました。
(3) なお、傍聴の方が投稿されたSNSには、要旨の告知に用いたスクリーン(証拠をスクリーンに照らして確認できるようにした)が傍聴席からは全く確認できない形になっていることへの疑問の声が上がっていました。
4 次回期日は、令和5(2023)年2月8日(水)午後2時と指定されました。引き続き訴追委員会側から請求され採用された証拠を調べる手続が行われる見込みです。