(1)岡口基一裁判官が弾劾裁判にかけられました。弾劾裁判とは裁判官を罷免するかしないかの二択しかない裁判手続です。
もし罷免になれば、法曹資格まで剥奪され、退職金も支払われません。今後、裁判官はもちろん、弁護士として活躍する道も断たれてしまいます。
そのため、裁判官が罷免されるのは、極めて例外的な場合に限られ、スマホ盗撮などの犯罪行為をした場合であるのが通常です。
岡口裁判官は、何の罪も犯していませんし、訴追状において訴追事由とされている事由をもってしても罷免とするにはあまりにも均衡を失します。
(2)また、今回の弾劾裁判は、立法府による司法府に対する不当な干渉といわれても仕方がないものであり,三権分立という日本国憲法の根本原理を脅かすものです。
政治部門が裁判官を罷免することができるハードルが下がれば、裁判官は罷免をおそれて政治部門に従属的にならざるを得ず、司法の独立は保たれません。裁判官は,政治部門を必要以上に意識し,なるべく政治部門に有利な判決をしようと思ってしまうことでしょう。
三権分立は,国民の自由を守るために不可欠の制度として,人類が,長い歴史を経てたどり着いたものです。三権分立が揺らいでしまえば、国民の自由が権力者によって侵害されても,それに対する救済がされないおそれがあります。この弾劾裁判は、岡口裁判官一人の問題ではなく,国民の自由を守る問題でもあるのです。
(3)岡口弾劾裁判には,あまりにも多くの問題点があります。岡口弾劾裁判の問題の深刻度を世間にも広め,みんなの力で岡口裁判官の罷免を阻止しましょう。
岡口基一裁判官とは
岡口基一裁判官は、現在、仙台高等裁判所の判事であり、勤続27年目のベテラン裁判官です。
これまで、東京地方裁判所知的財産権部、東京高等裁判所、大阪高等裁判所などを歴任し、脳脊髄液減少症を日本で初めて認める判決をしたり、新潟水俣病訴訟で1審が水俣病と認めなかった原告の全員を水俣病と認めて救済するなど、被害者保護に厚い判決をする裁判官です。
著作も多く、中でも要件事実マニュアルは、多くの法律家や司法試験受験生から支持され、法律書としては異例の累計10万部以上を売り上げたロングセラーになっています。各地の弁護士会や司法書士会での講演活動にも力を入れており、法曹界やその隣接業界全体のレベルアップに長年貢献している裁判官です。
また、フェイスブックなどの情報発信は、1999年から続けており、物言う裁判官としても知られています。昨年は、ラジオ番組に出演し、検察庁法改正法案の問題点を解説するなどしましたが、同法案は、岡口裁判官が指摘した点を削除した上で成立に至りました。国家公務員による公文書の大量改ざんを厳しく批判するなど、当たり前のことを当たり前に発言することができる専門家は、今の時代では貴重な存在ということができます。
なぜ罷免されることが問題なのか
ア そもそも罷免相当の行為ではない
弾劾裁判は「罷免するか否か」の二者択一しかない手続であり、罷免となれば裁判官の職から解かれるのみならず、弁護士などとして活動するための法曹資格も剥奪され、退職金も支給されません。極めて重い処分であることから、これまで罷免とされたのは、ほとんどが重大な刑事犯罪行為の場合です。今世紀に入ってから罷免された例は、児童買春、ストーカー、スマホ盗撮であり、その全てについて最高裁判所から訴追請求がされています。
これに対し、今回岡口裁判官に対する罷免事由とされているのは、Twitterや雑誌の取材コメントなどの表現行為ばかりで、犯罪に当たるようなものではありません。最高裁判所からの訴追請求もされていません。現在同裁判官に対する名誉毀損訴訟が提起されていますが、民事上の紛争となること自体は裁判官としての適性と無関係ですし、裁判官の職責とも関係ありません。このような表現行為に対する罷免を認めることは重きに失し、1人の人間としての裁判官による表現の自由に対する重大な脅威です。
イ 司法の独立に対する脅威
弾劾裁判は、国会による司法に対する介入を認める手続であり、司法権の独立に対する重大な例外ですから、謙抑的・慎重になされる必要があります。だからこそ弾劾裁判では罷免以外の処分を認めず、刑事犯罪事案などの明らかに裁判官としての適格性に問題がある場合以外の処分を認めていないのです。このような事案に対する罷免を認めることは、今後の司法の独立に対する脅威でもあります。
ウ 訴追事由そのものについての問題性
訴追状において訴追事由とされている事由そのものも疑問なものばかりです。
① 除斥期間を経過したものが含まれていること
岡口裁判官に対する訴追事由は,10個の表現行為等です。しかし,そのうちの4個は,訴追よりも3年以上前の行為であり,除斥期間が経過しているため罷免事由とすることができません(裁判官弾劾裁判法12条は,「罷免の訴追は、弾劾による罷免の事由があつた後3年を経過したときは、これをすることができない。」と規定しています)。
つまり,今回の訴追決定は,罷免事由とされた行為のうち4割が,実際には罷免事由とすることができない行為であったにもかかわらず,それを含めて「訴追相当」との判断がされたということですから,この「訴追相当」の決定自体が違法であり,そもそも,弾劾裁判の審理に入るまでもなく,いったん,訴追委員会に審理を差し戻し,残り6個でも「訴追相当」であるのかを審理し直すべきであるということができます。
② 表現行為の「切取り」の違法
残りの6個の訴追事由のうち,「第1」の「5」は,「被訴追人は,その開設した不特定多数の者が閲覧可能な「岡口基一の公式ブログです。」と題するブログに「遺族には申し訳ないが,これでは,単に因縁をつけているだけですよ」との見出しを付けて記載した文章を投稿した」というものです。
この訴追事由は,見出しだけを切り取っており,肝心の「文章」については何も明らかにしていません。見出しと本文がある一つの表現行為のうち,見出しだけを切り取って,訴追事由にしているのです。
表現行為は,その全体が明らかにならなければ,その一部分についても,その意味が明らかにはなりません。みなさんが,自分の表現行為の一部だけを切り取られて,名誉毀損だなどとして起訴されたことを想起してみてください。表現行為の全部をみると全く違う内容であるにもかかわらずです。
同様の問題は,「第1」の「7⑴」でも見られます。ここでは,「被訴追人は,その開設した不特定多数の者が閲覧可能な「分限裁判の記録」と題するブログに「遺族を担ぎ出した訴追委員会」との見出しの下に「審理のために,遺族を担ぎ出したという経緯になっている」などと記載した文章を投稿した」というものです。そもそもこの表現行為のどこが問題なのか,にわかにわかりかねますが,それはさておき,この訴追事由も「などと記載した」との文言でわかるとおり、表現行為の一部だけを切り取っているものですから、上記と同じ問題が生じています。
③ 仮名処理がされ,本人が誰だかわからない記事に係る投稿をしたり,リンクを貼ったことが「訴訟当事者本人の社会的評価を下げた」としていること
さらに,「第2」の「2」及び「3」は,仮名処理がされ,どこに住んでいる誰なのかもわからない「Aさん」についての記事について岡口裁判官がリンクを貼るなどしたことによって,そのAさんの「社会的評価」が下がったというものです。しかし仮名なのですから,その方の社会的評価が下がるはずがありません。誰が書いても何の問題もない記事です。
しかも,「2」は,犬を捨てた飼い主に関する事件についての2チャンネルのスレッドの全体について岡口裁判官がリンクを貼ったというだけのもの、「3」は,分限裁判の対象となったツイートが,ツイッター上はアカウントが凍結されて閲覧できないが,フェイスブック上は同じ投稿がまだ残っていることを説明しただけの表現行為です。
岡口裁判官自身,このAさんがどこの誰なのか,いまだにご存じないはずです。そのような仮名処理をされた裁判記事のリンクを貼ったり紹介をしたというだけで,その方の社会的評価が下がるはずがありませんし,上記の「2」や「3」のような表現行為をしたというだけで,その方による民事訴訟提起を一方的に不当とする認識ないし評価を示したなどともいえないことが明らかです。
④ 訴追委員の前でした陳述を反故にしたことを理由に,訴追委員会が裁判官を訴追するという不当
残りの3個の訴追事由のうち,「第1」の「7」は,岡口裁判官が,(本来出頭する必要のない)訴追委員会の喚問期日に出頭して,今後,刑事裁判の被害者遺族や民事裁判の当事者を傷付けるようなことをSNSの投稿等でするつもりはなく,フェイスブックなどでその方々のことを取り上げないと陳述したにもかかわらず,その後,岡口裁判官が,4度にわたり,刑事事件の被害者について,SNSで言及したことを訴追事由にしているものです。要は,訴追委員らは,自分たちの前で陳述したにもかかわらず,それを守らなかったことを訴追事由としているものです。「陳述したにもかかわらず」との文言にそのことが明確に現れています。
訴追委員の前で述べたことを守らなければ違法であるという法律があるわけでもありません。訴追委員がそれを快く思わなくとも,そのような理由で裁判官を訴追することが許されないのはいうまでもありません。
⑤ およそ不適切な表現行為ともいえない事由まで罷免事由に含まれていること
「第1」の「4」は,「被訴追人は,記者会見において,刑事事件の遺族について「あの方の場合はダイレクトでツイッターで削除してくださいという話があったのでその場で削除しました」などと表現した」というものです。この表現は,ツイッターのアカウントのコメント欄において当該ツイートの削除の依頼があったので直ちに削除をしたという,むしろ適切な行動をとったことについて説明しているだけのものです。
「第1」の「6」は,岡口裁判官が,雑誌のインタビューに答えたものです。岡口裁判官が刑事判決をツイッターで取り上げたことで傷ついたとする遺族が、なぜ傷ついたのかという理由について説明の変遷がみられたことを,岡口裁判官が事実に基づいて説明したというだけのものです。
いずれも、そもそも何が問題なのかすら不明な内容です。
このように、10個の罷免事由の全てが、およそ罷免事由には当たらないものばかりです。
訴追委員会は、このような事由をもって、一人の裁判官を、弾劾裁判所に訴追したのです。